◇河正雄コレクション「故郷展」に寄せて2011年バージョン◇

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河正雄コレクション「故郷」展に寄せて
光州市立美術館名誉館長 河正雄


―新しい芸術(Art)―
 河正雄コレクションはコレクター自身の、在日の生き様から日韓の歴史的な背景と境涯から生まれたものである。世界には有数の美術コレクションが存在するが、それらとは根本的に性格と質、内容が異なるのはコレクションを始めた動機とコンセプトが違うからである。

 世界には数億のデアスポーラ(民族)が諸々の問題をかかえて故郷や祖国を離れ生きている。多国籍民族の人権と望郷への想いが、普遍的な念願「祈り」と「平和」への祈念を象徴的に芸術(Art)として表現されている。

よって河正雄のコレクションは類例がない。文は人なりという格言は芸術も人なり、とも言えるのである。河正雄コレクションは平和や愛、相互理解が実現すると河正雄が創造した新しい芸術(Art)の表現なのである。

―世尊のことば―

 花伝書で「咲いている花は美しいが萎れた花はなお美しい」と読んだが、若い時は意味が理解出来なかった。古稀を過ぎて、世阿弥は萎れた花の審美の中に青春があるのだという。人生の喜びや極みを洞察した真理を少し知る様になった。

 今日を生きる人間として正しく生きる為に、心の支えや戒めとなる世尊、仏陀の言葉に
「諸々の愚者に親しまず、諸々の賢者に親しみ、そして尊敬に値するものたちを尊敬する事。これが最大の幸せである。」という説法がある。

 「いつも考えている事が人格に大きな影響を与える。過去の全ての行いや考えの結果が今の自分であり、したがって将来の自分を、自分の意思で切り開いていける。

 私たちの最高の創造物は自分自身であり、自分の人生を美しく導くのなら老年期は人生で最も美しい時期となる。そこに年をとる事の意味がある。

 人生の苦痛は欲望から生じ、それは未来に託すしかない。しかし過去も未来も存在しない。実在する今現在に気付く事。先ず今のありのままを受け入れ、今ある事に感謝する事。今幸せである事に気付く事。何をするかは重要ではない。心を込めてする事。」と「瑠璃の光・幸せの法」に説かれている。人生の糧となった有難い教えである。

―東江の祈り―
 第二次世界大戦が勃発し、朝鮮人に対する徴用が法制化、創氏改名令が施行された1939年、日中戦争の戦時下、私は布施(現東大阪市)で生を受けた。振り返ると民族的な恨(ハン)、そして不条理な戦争への恐れがこの当時にインプットされた事で、平和と幸福を希求する人生観と哲学が形成されたといえる。日本と朝鮮半島との歴史が在日二世の運命に大きく影響したのも必然であろう。

私の祈りは私の号「東江」に表れている。秋田工業高校を卒業する時、級友達と別れの寄せ書きをした。その時、河の流れの様に滔々と人生を生きるのだと「大河の如く」と記した。社会に出るにあたっての青春の決意であり、宣言であった。

父母のルーツである祖国韓国の泉からの流れは小川から川、そして大河となって流れていく。そしてその流れは江となり東海に注ぐ。人生の到着点を私は大洋への流れとし、自己の存在を一衣帯水とイメージしたのだ。

東洋の日の本に生を受けた在日韓国人二世としての宿命を身に感じた人生の出発点が秋田である。韓国と日本、二つの祖国の故郷を愛し、そして信頼し合える兄弟にならねばならない、そして韓国と日本の架け橋になろうと私は祈念した。「東江」には宇宙の摂理に従い、自然に逆らわない生き方をしようという人生観と初心が使命として刻まれている。

―青春の華―
人生は旅である。人は生れ落ちた日から旅人、雲水となる。どこでどの様な境涯であろうが六波羅蜜(布施・持戒・精進・忍辱・弾定・智慧)の修行者となって生きるのが人の一生である。人間にとって、世の中で役に立つ生き方をするには、その修行を誠実に務め努力することが幸せの源である。自己の利益のみを考えるのではなく、人を思いやる心こそ人間として最も尊く、美しいのである。その心こそ芸術(Art)であると思う。人生を芸術(Art)で生きる事は優雅で至福な事である。人それぞれの旅(人生)の途中を振り返り回顧する事も修行である。

フランス語の「エラベレーション」。あらゆる仕事は新しい仕事である。何事も結果で終わったということではなく現在進行中(形)というニュアンスである。人間が生きるという事は、その時々の新しい仕上げの積み重ねである。あらゆる認識は発生学的なものであるから前回の繰り返しではない。今、自分はどこにいて、これからどこへ進んで行けばいいのか未来に希望と展望を見出す座標となる事であろう。

河正雄の芸術(Art)には韓国と日本・二つの祖国と故郷があり、母校と恩師、学友達との友情で塗り込められ、青春の華で彩られた人生の途中が描かれている。艱難を潜り抜けて幸福をいただいた感謝の心で描いた作品(河正雄コレクション)を見てもらいたい。

―感謝と祈念―
 先に秋田県仙北市角館町平福記念美術館で開催された河正雄コレクション「故郷」展の会期中に起きた未曾有な東日本大震災。生活を破壊され、奪われ、離散した故郷の人々。反骨の精神で復興に立ち上がっている人々に敬意とお見舞いを申し上げる。多くの犠牲者に心から哀悼の意を表する。この受難がいっそう、故郷に寄せる愛と連帯を強くし、かけがえのない「故郷」という宝の価値を再確認し、共有実感出来る「故郷」展となるよう祈念する。

この度の河正雄コレクション「故郷」展は幸せの意味と人生の意味が響きあう、祈りの場となろう。

最後に河正雄コレクションを温かく迎えて下さった仙北市民、仙北市教育委員会、角館町平福記念美術館、そして学芸の角館樺細工伝承館館長・中田達男氏、双方の仲介をして下さった生保内小・中学時代の学友・安部哲男氏、そして2011年5月10日より韓国文化院で行われる河正雄コレクション「故郷」展再展示に尽力下さった駐日韓国大使館韓国文化院・姜基洪院長、そして多くの関係者の皆様に厚く御礼を申し上げる。



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